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福岡地方裁判所久留米支部 昭和61年(ヨ)135号 決定

債権者の住所氏名

別紙(略)債権者目録のとおり

右代理人弁護士

馬奈木昭雄

三溝直喜

小宮学

小澤清實

債務者

平和第一交通有限会社

右代表者代表取締役

宮脇清

右代理人弁護士

大石幸二

主文

1  債権者ら(赤坂賢治、岩本孝人を除く)と債務者間の雇傭契約において、勤務時間に関する労働条件が一カ月一三日乗務(隔日勤務)制であることを確認する。

2  債権者赤坂賢治、同岩本孝人の申請及びその余の債権者らのその余の申請を却下する。

3  申請費用は、債務者と債権者赤坂賢治、同岩本孝人との間に生じたものは、同債権者らの負担とし、債務者とその余の債権者らとの間に生じたものは、債務者の負担とする。

理由

債権者らは「債権者らと債務者との間の勤務時間に関する労働条件が別紙勤務表記載の隔日勤務であることを確認する。」旨の仮処分の裁判を求め、債務者は「債権者らの申請を棄却する。申請費用は債権者らの負担とする。」との裁判を求めた。

疎明資料によれば、債務者(旧商号有限会社平和タクシー、代表取締役佐藤龍二郎)は、昭和六一年六月一〇日、経営者が交替し、現在の宮脇清が代表者に就任すると共に平和第一交通有限会社と商号を変更したこと、債務者における従業員(運転手)のこれまでの勤務は、いわゆる一カ月一三日乗務(隔日勤務)制で、これを前提として運転手が募集され、各運転手の勤務ダイヤが編成され、賃金体系が決定されて来たこと、タクシー会社の場合、このような隔日勤務制を採用しているところと採用していないところがあって、通常タクシー運転手は、特段の事情なきかぎり定年まで同一の会社に勤務することを前提として就職するわけではなく、その都度自己の希望する勤務場所や労働条件(いわゆる隔日勤務制であるか否かはその重要な要件である)にあわせて就職先を選択しているのが実情であること、会社側もその事情は承知していること、債務者の従業員(運転手)らも多くは兼業農家であるとか、その他の家庭の事情により、債務者が一三日乗務制を採用していることを主たる動機として債務者と雇傭契約を締結したものであること、債権者らを含む従業員で構成する自交総連平和タクシー労働組合と債務者との間に昭和六〇年六月一四日、有効期間を同年七月三一日までとする時間外労働及び休日労働に関する協約が締結され、これによれば、その勤務ダイヤは別紙勤務表記載のとおりであったこと、右勤務表も従前の一三日乗務制に基づくものであり、右協定の有効期間経過後も従業員(運転手)の任意の合意により、右勤務表の内容にそった時間外勤務等の乗務が行われて来たこと、ところが債務者(経営者は交替)は、昭和六一年八月二九日、勤務体系(ダイヤ)変更を右組合に通告し、更に同年九月八日、その実施日を同年一〇月一日とする旨通告したこと、これによれば、新ダイヤは従前の一三日乗務制と異なる日勤勤務制(五日間連続乗務の六日目公休)となること、従業員(運転手)らのうち債権者ら(赤坂、岩本については後述)はこの勤務体系の変更を承諾していないこと、債務者は同年一〇月一日以降右新ダイヤによる乗務を従業員に命じ、これに反対する債権者らによって構成された前記組合は争議を行っていることが一応認められる。

更に以上認定の事実関係並びに疎明資料によれば、右協定は有効期間の経過により失効したが、債務者と債権者らとの間に締結されている雇傭契約は、一カ月一三日乗務(隔日勤務)を内容とするものであって、このことは右協定の失効や経営者の交替によっても変更はないことが一応認められる。

そうだとすれば、債務者は、従前の雇傭契約関係が継続している以上、従業員らの承諾なく就業規則の改正等により、その内容を一方的に変更して新ダイヤに基づく乗務を命令することはできない筋合であって、債権者らの主張する被保全権利は、その主張する不当労働行為の成否や債務者の主張する会社の再建方針、新ダイヤの経営合理性等を判断するまでもなく、その雇傭契約の勤務時間に関する労働条件が一カ月一三日乗務(隔日勤務)制であることの確認を求める部分については相当といわざるを得ない(別紙勤務表中その余の記載部分は、すでに失効した労働協約の内容であって、認容のかぎりでない。)。

但し、債権者赤坂賢治、同岩本孝人は、債務者によって解雇され、現にその効力を争う仮処分事件が当裁判所に係属していることが顕著な事実であり、本件で雇傭契約の存在を首肯するに足る疎明が十分とはいえないから爾余の点を判断するまでもなく、申請は失当として却下を免れない。

その余の債権者らについては、債務者が新ダイヤによる勤務を一方的に命じていること、疎明資料によれば右債権者らはいずれも債務者から支払われる賃金をもって主要な生活手段としているところ、このままでは争議が解除されても雇傭契約の内容に従う労働力の提供による賃金の支払いをうけることができない状態となっていて生活が破壊される危険があると認められることにてらして、保全の必要性も首肯することができる。

よって、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用の上、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡野重信 裁判官 有満俊昭 裁判官 奥田哲也)

仮処分命令申請書

申請の趣旨

債権者らと債務者との間の勤務時間に関する労働条件が別表(略)一記載の隔日勤務であることを仮に確認する

との裁判を求める。

申請の理由

第一 被保全権利

一 勤務ダイヤ変更通告

債務者平和第一交通有限会社は昭和六一年八月二九日、債権者平和タクシー労働組合との団体交渉の席上、勤務体系(ダイヤ)変更を実施する旨通告した。続いて、昭和六一年九月八日右ダイヤ変更の実施開始日を昭和六一年一〇月一日とする旨通告した(疎甲第四一号証の一ないし三、疎甲第四三号証、疎明方法は御庁昭和六一年(ヨ)第八一号証団結権等禁止仮処分事件の疎明方法番号に基づく。以下同様)

しかし、右ダイヤの変更は従来の隔日勤務制を日勤勤務制へ変更するものであり、これが実施されれば退職に追い込まれる組合員が多出し組合は解体の危機に陥いる。これは昭和六一年六月一〇日以降これまでの間新経営陣がとってきた組合つぶしのさまざまな攻撃の中でも最も打撃の大きいものであり、右ダイヤ変更は組合つぶしを最大の目的としたものである。

二 従来の勤務ダイヤ――「隔日勤務」制

会社と組合の間には昭和六〇年六月一四日「時間外労働及び休日労働に関する協定」(いわゆる三六協定)が成立した(疎甲第四五号証の一ないし三)。

右協定は「隔日勤務」を内容とするものである。

1 右「隔日勤務」は「一車二人」制によって成り立っている。「一車二人」制とは、一台のタクシーを乗務員二人で受けもち、各人は一日おきに乗務(勤務)する制度である。二人のうち一人が奇数日に乗務すれば他の一人は偶数日に乗務することになり、乗務しない日は「非番」になり勤務しない。勤務(乗務)する日を「出番」という。

2 「出番」の日の勤務ダイヤには三種類あり、「一勤」(いちきん)「二勤」(にきん)「三勤」(さんきん)という。

「一勤」は午前八時出社、退社が翌日の午前二時三〇分であり、拘束時間が一八・五時間である。

「二勤」は午前八時三〇分出社、退社が翌日の午前三時であり、「一勤」より三〇分繰り下がるが拘束時間は「一勤」と同じである。

「三勤」は午前七時三〇分出社、退社が翌日の午前三時であり、拘束時間が一時間増え一九・五時間となる。

3 「隔日勤務」制のことを「一三乗務」制ともいう。これは一か月に出勤(乗務)する日が一三日あることに基づく。

一か月が三〇日の場合には六乗務一公休を二回繰り返し、結局「公休」が二回ある。一か月が三一日の場合には「公休」を三回にすることによって「一三乗務」制が守られる。すなわち、一か月に「一三乗務」を超えないことは権利なのである。

4 拘束時間のうち一六時間を「所定」労働時間という。これは労働基準法で定められた一日の労働時間八時間の二日分に相当する時間である。

拘束時間のうち午後一〇時以降退社時までが「深夜」労働時間となる。拘束時間から「所定」時間及び休憩時間を差し引いた残りの時間が「残業」労働時間となる(以上二につき、疎甲第五三号証)。

三 新ダイヤ

会社が通告してきた新ダイヤは「日勤勤務」制であり次のような内容をもつ。

従来のダイヤと根本的に異なる点は隔日勤務から日勤勤務へ変更されるという点である。新ダイヤは「五勤」制になっている。「五勤」制とは、毎日連続して五日勤務(乗務)し、六日目を「公休」とする勤務ダイヤである。これを一か月間にほぼ五回繰り返すのである。勤務する日の拘束時間は次のようになっている。第一日目及び第二日目は午前七時出社、午後五時退社であり拘束時間は一〇時間である。第三日目は午前一〇時出社、午後一一時退社であり拘束時間は一三時間である。第四日目は出社午後五時、退社は翌日の午前二時拘束時間九時間である。第五日目は出社午後五時、退社は翌日の午前一時である。第六日目が「公休」となる。第七日目からは第一日目からの勤務と同様の勤務を繰り返すことになるが、出社時間、退社時間が若干ずれる日(第七日目)がある。新ダイヤ表をみればわかるが、第一一日目は午後五時出社、退社は翌日の午前七時であり、拘束時間一四時間と長く、しかも翌朝までの勤務なので退社したその日は「非番」になり、さらにその翌日が「公休」となる。第一四日目からは第一日目からの勤務ダイヤと全く同じになる(以上三につき疎甲第五三号証)。

四 勤務ダイヤ変更のねらい

今回の勤務ダイヤの変更通告はこれまでの組合つぶしを目的とした攻撃が失敗した中で新たにかけてきた効果の大きい攻撃である。

1 もし隔日勤務が日勤勤務に変更されれば組合員ら乗務員の中には会社をやめざるを得なくなる者が数多く出ることになる。

なぜならば乗務員は入社に際して日勤勤務制をとっているタクシー会社を選択せずに、自己の生活条件と照らしあわせ、勤務可能な隔日勤務制をとっている会社を選択して入社しているのである。組合員ら乗務員自身も、またその家族も隔日勤務という労働条件に合わせて生活のリズムをつくりあげ、隔日勤務だからこそできる職業生活、家庭生活、社会生活を営んでいるのである。

隔日勤務ダイヤを日勤勤務ダイヤに変更することは組合員ら乗務員及びその家族に対し、その生活リズム、職業生活、家庭生活、社会生活を根本的に変えることを迫るものなのである。しかし、これは困難を強いるものであり、特に壮年以上の者にはきわめて困難なことである。

したがって新ダイヤへの変更が強行されれば組合員ら乗務員の多くは会社をやめざるを得なくなるのである。

2 組合員ら乗務員の多くが会社をやめざるを得ないということは組合員がいなくなるということであり、組合が消滅してしまうことに通じるのである。しかも会社はこのことを熟知しているのである。それゆえ新ダイヤへの変更は会社の組合つぶしを目的とした新たな手口の攻撃であるとしか考えられない。

3 会社は新ダイヤの変更理由として従来のダイヤでは当直がいないということを挙げている。

しかし、組合は当直勤務について協力することを以前から申し入れているのであって当直がいないということは理由にならない。

また、新ダイヤへの変更が売上げ増を招くという根拠は全くないのである。乗務員にとっては一番の稼ぎ時間帯である午後一一時以降の勤務をする日が減され、むしろ売上げが減少する可能性が十分あるのである。

さらに、勤務ダイヤと賃金算定基準とは表裏一体のものであるところ、会社は賃金算定基準については一言も触れない。従来の隔日勤務ダイヤの下での賃金算定基準中一か月当り拘束時間二四二・五時間、固定給一二万八〇〇〇円となっているところ(疎甲第四六号証)、新ダイヤは拘束時間を〇・五時間増やすことになっているのに固定給が増額されるという話は全くないのである。

加えて、会社の新経営陣を送り込んでいる北九州市の第一通産株式会社が経営している博多第一タクシーでは隔日勤務をとっており、日勤勤務ダイヤにどうしても変更しなければならない理由はないのである。

4 新ダイヤへの変更によって、組合員ら乗務員は毎日出勤しなければならなくなり、総通勤時間は隔日勤務の場合の二倍になり、特に遠方から通勤している者にとっては耐えがたい労働条件の変更になるのである。

また、通勤費は自弁であるため、一か月当りの交通費も二倍になるのである。さらに日勤勤務では疲労が蓄積され体力が続かないという理由で隔日勤務制をとっているこの会社に入社した者にとって新ダイヤへの変更は労働条件の悪化となるのである。

5 以上のように隔日勤務制を日勤勤務制へと変更することは重要な労働条件の変更であり、しかも会社退職者を生み出し組合消滅という効果をねらったものなのである(以上四につき疎甲第四四号証、同第五三ないし五六号証)。

五 右協定の余後効

前記三六協定はその協定有効期間が昭和六〇年七月三一日までと定められており、有効期間は経過している。しかし右協定で定められた労働条件の基準は個々の労働者の労働契約の内容として入り込んでいるから、右協定有効期間経過後でも個々の労働者の同意を得たうえで労働契約を変更するか、あるいは新協定を締結するのでなければ労働条件は変更できないのである。

隔日勤務制を日勤勤務制に変更することは労働条件の重要な変更であるから、会社は一方的にこのような勤務ダイヤを変更することは許されないのである。

第二 保全の必要性

一 繰り返される会社の挑発及び不当処分

1 会社は昭和六一年六月一〇日新経営陣が乗り込んできて以来、さまざまの手口で組合つぶしを図ってきた。すなわち、

(一) 組合に対し、過去を清算して身分を一新すること、全従業員が退職届を出すことを申入れ、組合の存在を否定する発言をしたり、組合役員に対し役職提供を条件に抱き込みを図った。

(二) 次に、会社は組合員個人に対し再雇用を条件とする退職勧奨を働きかけた。しかもこれに応じた者には一時金を与えるという条件がついていた。この過程において会社のきも入りで第二組合が結成された。

(三) さらに会社及びその意を体した第二組合員は債権者組合員に対し陰に陽にさまざまのいやがらせを行い、組合員個人に対する挑発をかけ、挑発の過程で一組合員を懲戒解雇処分に付した。

会社によるこのようなさまざまの攻撃については以前の上申書で述べた。

2 しかしその後も会社は解雇処分に付した組合員をはじめ他の組合員に対しても挑発をし新たに不当な処分をかけるということをやめることなく続けている。すなわち、

(一) 福岡県地方労働委員会は昭和六一年七月一二日会社に対し組合旗掲揚について「会社敷地内での組合活動や組合旗の掲揚等については従来の取扱いに鑑み当面慎重に対処されたい」と勧告していた。

(1) しかるに会社は昭和六一年八月二五日に組合旗を掲げた六名の組合員及び組合執行委員長に対し、今後厳重に処分する旨の警告書を出した。

(2) また、同年九月一八日朝、会社は組合旗を掲げた組合員の目の前で組合旗をひきずりおろして隠とくした。組合書記長と組合執行委員一名がその日の昼休み時間に組合旗の返還を申し入れたが会社側は「今回の労使紛争が解決するまで返還できない」とか「今後組合旗を掲揚しないと約束するなら返す」と言って返還を拒んだため組合側は窃盗だとして一一〇番したところ、組合旗はようやく返還された。

(二) 昭和六一年九月四日、組合掲示板のある乗務員室へ入ろうとした組合員赤坂賢治に対し、これを実力で阻止しようとした井上係長がつまずき赤坂と一緒に転倒した。しかるに井上係長はあたかも自らが被害者であるかのように装って一一〇番通報した。組合員赤坂は一日に一回は会社に顔を出すようにしているが、これは彼が受けた懲戒解雇処分の不当性、無効性を組合として示すために、また組合会議に出席したり組合掲示板を見るために一日一回は会社に出るようにしているものである。

(三) 昭和六一年九月六日、いつものように昼休み時間中に会社に出てきた右赤坂が他の組合員と話していたところ、会社の塩田係長から突きとばされてあお向けに転倒し、後頭部を打ち、加療一週間を要する後頭部打撲、全身打撲の傷害を受けた。

(四) 会社は昭和六一年九月一三日、組合執行委員長、副委員長一名、書記次長、会計担当執行委員の計四名に対し出勤停止一日の処分をした。

会社の処分理由としては無届で執行委員会を開き、営業車を無断で持ち出したことがあげられている。しかしこれは処分理由が存在しない不当な処分である。

すなわち、組合役員や組合員は常ひごろから昼休みに会社事務所や組合事務所その他食堂等で一緒に昼食をしているのであり、その昼食時間に雑談があるのは当然なのである。またそのとき組合のことに話が及んだとしても全くおかしくないのである。

なお、組合が執行委員会を開くときはこれまで常に会社に対し事前通知をしているのであり、これは今日まで遵守されており、事前通告なしに執行委員会が開かれることはあり得ないのである。

したがって、会社の右処分は全く不当としか言いようない、いやがらせのための処分なのである(以上2につき疎甲第四七号証ないし五二号証)。

二 今回の新ダイヤへの変更は重要な労働条件の変更であるため、債権者組合員の少なくとも過半数は債務者会社を退職せざるを得なくなることは前述した(第一の四)。

また、今回の勤務ダイヤの変更は会社の組合に対する攻撃、組合員に対する挑発、不当処分が続けられてきた中で、組合にとって最大の打撃を与えかねないものであり、もし勤務ダイヤの変更が強行されれば、組合は組合消滅という危機に陥いることになる。

このような債務者による労働条件の一方的変更は債権者組合員らの生活破壊をきたすとともに労使間に無用の摩擦混乱を招くものであるから、保全の必要性があることは明らかである。

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